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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)302号 判決 2000年6月29日

原告

エスエムシー株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

被告

特許庁長官【D】

指定代理人

【E】

【F】

【G】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

「特許庁が平成10年異議第76273号事件について平成11年7月13日にした決定を取り消す。」との判決。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「ダブルソレノイド形電磁弁」とする実用新案登録第2575783号考案(平成4年5月29日実用新案登録出願、平成10年4月17日設定登録。本件考案)の実用新案権者であるが、登録異議の申立てがあり、平成10年異議第76273号事件として審理されたが、平成11年7月13日、本件考案の登録を取り消す旨の決定があり、その謄本は同年8月18日原告に送達された。

2  本件考案の要旨(平成8年5月28日付け手続補正書による補正後のもの)

[請求項1]

供給ポート、出力ポート、排出ポート及びこれらのポートが開口する弁孔が開設された弁ボディと、上記弁孔に摺動可能に挿入された主弁体と、上記弁ボディにおける弁孔の軸方向両側に配設された第1、第2ピストン収納箱と、これらのピストン収納箱に摺動可能に挿入された第1、第2ピストンとを有し、第1、第2ピストンに作用するパイロット流体圧によりそれらのピストンを駆動して主弁体を切換動作させ、上記複数のポート間の流体の流れ方向を切換える主弁、並びに、

上記第1ピストン収納箱の外端側に設置され、上下方向に重設された第1、第2パイロット弁部を有するパイロット弁ボディと、それらのパイロット弁部を動作させる第1、第2ソレノイドとを備え、該第1、第2ソレノイドへの通電及びその解除によりそれぞれのパイロット弁部から上記第1、第2ピストン収納箱に個別に連通する第1、第2パイロット出力流路にパイロット流体を給排するパイロット電磁弁、

を備えたダブルソレノイド形電磁弁において、

上記第1ピストンを、第2ピストンより大径とし、

上記主弁の弁ボディにおける弁孔の上部に沿って、供給ポートから第1、第2パイロット弁部に供給流体を供給するためのパイロット供給流路と、第2パイロット弁部から第2ピストン収納箱にパイロット流体を供給するパイロット出力流路とを設け、

上記パイロット電磁弁に近接して、上方からの押圧により、パイロット流体をパイロット出力流路に出力させる第1手動操作装置を配設すると共に、

上記第1手動操作装置よりも弁ボディ側に、上方からの押圧により、第2パイロット弁部からのパイロット出力流路を遮断すると共に、パイロット供給流路と第2ピストン収納箱に至るパイロット出力流路とを連通させる第2手動操作装置を配設した、

ことを特徴とするダブルソレノイド形電磁弁。

[請求項2]

請求項1に記載のダブルソレノイド形電磁弁において、

第1手動操作装置は、その押圧により、第1ソレノイドの可動鉄心を直接的に後退させて第1パイロット弁部の供給弁座を開放するものとした、

ことを特徴とするダブルソレノイド形電磁弁。

3  決定の理由の要点

(1)  取消理由及び意見書の概要

平成11年3月25日付けで取消理由の通知があったが、その理由は概要次のとおりである。

① 平成8年5月28日付け手続補正(本件補正)は、願書に最初に添付した明細書及び図面(以下、審決の理由の要点の項においてのみ「当初明細書」と略記)に記載されていない新規な技術的思想を追加するものであり、その結果、考案の構成に関する技術的事項が当初明細書に記載した事項の範囲内でないものとなったから、明細書の要旨を変更するものである。

したがって、本件補正は明細書の要旨を変更するものであるから、本件出願は、その出願時に適用されていた実用新案法9条で準用する特許法40条の規定により、手続補正が特許庁に受け付けられた平成8年5月29日に実用新案登録出願がされたものとみなされる。

② 本件実用新案登録は、本件実用新案登録出願がされたものとみなされる平成8年5月29日以前に頒布された刊行物である、実開平5-96660号公報(実願平4-43243号。CD-ROM所収で、異議申立人・株式会社コガネイが提示のもの。引用例イ)及び特開平7-198054号公報(同。引用例ロ)に記載されたものに基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定に違反して実用新案登録されたものである。

(2)  これに対する実用新案権者(原告)の意見書の主張は、概要次のとおりである

① 本件補正は、当初明細書に記載されていた一使用方法を説明したものにすぎず、新規な課題解決手段(構成)を付加したものではないから、明細書の要旨を変更するものではない。

② したがって、本件出願日は平成4年5月29日であり、その後に頒布された刊行物である引用例イ、ロの存在によって実用新案法3条2項の規定に違反して登録されたものとすることはできない。

(3)  本件考案に係る出願日

そこで、まず本件実用新案登録に係る出願日について検討する。

本件補正は、当初明細書には記載されていない次の事項を含むことは明らかである。

① 請求項1の記載における次の事項(補正事項①)。

「上記第1ピストンを、第2ピストンより大径とし、」

② 【0017】欄の記載における次の事項(補正事項②)。

「また、上記電磁弁は、基本的には第1ピストン6aまたは第2ピストン6bの駆動により主弁体7を切換動作させるものであるが、第1ピストン6aを第2ピストン6bよりも大径に形成しているので、第2ピストン6b側にパイロット圧力流体を常に供給した状態に保ち、第1ピストン6a側にパイロット圧力流体を給排することにより、シングルソレノイド弁としても利用できるものである。」

そして、本件補正により、本件考案は、当初明細書には記載されていなかった、シングルソレノイド弁として使用し得る新規な課題解決手段を有するに至ったものである。

すなわち、当初明細書に記載されている考案(当初考案)は、ダブルソレノイド弁として、2個のソレノイドへの交互の通電によって主弁を駆動するモードと、停電等の事故によって電磁弁が動作不能となったときのために手動によって主弁を操作するモードの二つの使用形態を想定したダブルソレノイド弁であった(当初明細書の【0002】欄参照)。

これに対し、補正された明細書に記載されている考案(補正考案)は、上記二つの使用形態のほかに、「第2ピストン6b側にパイロット圧力流体を常に供給した状態に保ち、第1ピストン6a側にパイロット圧力流体を給排する」という使用形態、すなわち、第1パイロット弁部10aを駆動する第1のソレノイド9aのみに通電あるいは解除を行って主弁を作動させるという当初明細書には記載のなかったシングルソレノイド弁であるところの使用の形態が追加されたものである。

そして、ダブルソレノイド弁の場合は、パイロット圧力により主弁が操作できれば、第1ピストンと第2ピストンの径はどのような関係のものでもよく、実際、当初明細書には第1ピストンと第2ピストンの径については何の記載もなかったものである。

しかし、シングルソレノイド弁として使用する際には、「第1ピストンを第2ピストンより大径」とすることが要件となり、しかもその径の差は双方のピストンにパイロット圧力がかかった場合に、差圧で一方方向に主弁が移動できる程度の径の差が必要となるものであるから、その点で単に第1ピストンの径が大きいというものではなく、技術的にみて有意の差が必要である。

したがって、二つのソレノイドに対する通電の態様が異なり、第1ピストンが第2ピストンより必要量大径でなければならない点で、補正考案は考案の構成に関する技術的事項が異なったものとなっており、当初明細書の図面から容易に想到できる一使用方法を説明したものであるから明細書の要旨を変更するものではない旨の原告の主張は、認めることができない。

以上のとおり、本件補正は、当初考案においては全く考慮されていなかったシングルソレノイド弁としても使用することができるという新規な技術的思想を追加するものであり、その結果、考案の構成に関する技術的事項が当初明細書に記載した事項の範囲内でないものとなったものであるから、明細書の要旨を変更するものである。

よって、本件出願は、この出願時に適用されていた実用新案法9条で準用する特許法40条の規定により、本件補正が特許庁に受け付けられた平成8年5月29日に実用新案登録出願がされたものとみなされる。

(4)  実用新案登録異議申立てについてした決定の判断

① 本件考案

本件実用新案登録第2575783号に係る出願の請求項1、2に係る考案は前記2(本件考案の要旨)に記載のとおりと認める。

② 引用例記載のものの対比・判断

本件出願は、上述のとおり、平成8年5月29日に実用新案登録出願がされたものとみなされ、そのみなされた出願の日前に頒布された刊行物である引用例イには、本件の請求項1及び2に係る構成のうち、「第1ピストンを、第2ピストンより大径とし」た点については記載されていないが、その余の構成はすべて記載されている。

また、引用例ロの【0020】欄には、ダブルソレノイド形電磁弁においてシングルソレノイド電磁弁としても使えるようにするという本件考案と同一の課題を達成するため、「大径ピストン21を、小径ピストン22より大径」とした点が記載されている。

そして、引用例ロ記載のものにおける大径ピストン21が本件考案の第1ピストンに相当し、小径ピストン22が本件考案の第2ピストンに相当することは明らかであるから、引用例イ記載のものに引用例ロ記載の上記の点を適用して本件の請求項1及び2に係る考案とすることは当業者において極めて容易になし得ることと認められる。

(5)  決定のむすび

以上のとおりであるから、本件の請求項1及び2に係る考案は、引用例イ、ロに記載の考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定に違反して実用新案登録されたものである。

したがって、本件考案に係る実用新案登録は取り消されるべきである。

第3原告主張の決定取消事由

決定は、本件補正は明細書の要旨を変更するものであると判断したが、以下に主張する各点からみて誤りである。

1  ピストンの径についての判断の誤り

(1)  決定は、「『第1ピストンを第2ピストンより大径』とすることが要件となり、しかもその径の差は双方のピストンにパイロット圧力がかかった場合に差圧で一方方向に主弁が移動できる程度の差が必要となるものであるから、その点で単に第1ピストンの径が大きいというものではなく、技術的にみて有意の差が必要である。」とした上で、「第1ピストンが第2ピストンより必要量大径でなければならない点で、補正考案は考案の構成に関する技術的事項が異なったものとなっており、」と認定したが、誤りである。

(2)  当初明細書(本件出願の願書に最初に添付した図面(当初図面)を除く。以下同様)には、第1ピストン6aの径と第2ピストン6bの径との大小については明文で記載されていないが、願書に最初に添付した図面(当初図面)には、第1ピストンの径が第2ピストンの径よりも1.5倍程度大径であり、したがって、第1ピストンの受圧面積が第2ピストンの受圧面積より約2倍程度大きく、さらに、これらのピストンに作用するパイロット流体がパイロット共通入力路21から供給されること、すなわち、第1ピストンと第2ピストンに作用するパイロット流体圧が等しいことが、明瞭に記載されている。

一方、シングルソレノイド形の弁として使用できる場合があることを予期していない通常のダブルソレノイド形の弁にあっては、第1ピストンの径を第2ピストンの径より大径にする必要はない。

(3)  したがって、当初明細書には、該明細書に開示されたダブルパイロット形電磁弁が、シングルソレノイド形電磁弁としても利用できることが示唆されている。上記のように対向して配設された二つの径の異なるピストンに、同時に同圧のパイロット流体を作用させた場合には、受圧面積が2倍程度大きい第1ピストンの作用力(第2ピストンのみにパイロット流体圧を作用させた場合とほぼ同等の力)によって、主弁体が第2ピストン側に摺動することが明らかである。決定が「第1ピストンが第2ピストンより必要量大径でなければならない」とした点も、当初明細書又は当初図面に記載されている事項といえるので、本件補正は、当初明細書又は当初図面に記載の範囲内の補正であって、明細書の要旨を変更するものではない。

2  通電の態様についての判断の誤り

(1)  決定は「二つのソレノイドに対する通電の態様が異なり・・・補正考案は考案の構成に関する技術的事項が異なったものとなっており」とし、被告は、「ダブルソレノイド弁とシングルソレノイド弁の構成上の相違に基づき、本件補正後の本件考案においてはシングルソレノイド弁として1個のソレノイドのみへの通電・解除によって主弁を駆動できる機能が追加されたものとなっていて、電気的回路上は別異の構成となるものである。」として、本件補正は新規な技術的事項を有するに至ったものであると主張している。

(2)  しかしながら、前記1で述べたように、当初明細書及び図面には、ダブルソレノイド形電磁弁が、シングルソレノイド形電磁弁としても利用し得ることが示唆されているから、補正事項②は、ダブルソレノイド形電磁弁であっても、場合によってはシングルソレノイド形電磁弁として利用し得ること、換言すれば、当初明細書に示唆されているシングルソレノイド形電磁弁としての一使用態様を説明したにすぎない。補正考案において、ダブルソレノイド弁として機能させるために2個のソレノイドへの交互の通電によって主弁を駆動するか、シングルソレノイド弁として機能させるために1個のソレノイドのみへの通電・解除によって主弁を駆動するかは、両ソレノイドに接続してそれらに対する通電を制御する通電制御系において、それらのソレノイドにどのような駆動信号を出力するかにより選択される問題であって、ダブルソレノイド弁として使用する場合と、シングルソレノイド弁として使用する場合とにおいて、電気的回路が別異の構成を備えることはあり得ない。

3  審査基準との関係

(1)  特許庁編「特許実用新案審査基準」(発明協会平成5年初版発行、平成7年改訂発行)28頁の審査基準[例22]として示されているものは、特許請求の範囲に「真珠光沢成層体」という記載が、発明の詳細な説明に「一般服飾品の真珠光沢成層体」という記載がそれぞれあるのみで、この明細書及び図面に記載されたものが「ぼたん」であることを示す記載は特にない。すなわち、そこでは、出願当初の明細書には「ぼたん」であることについて記載されていないが、これを「明細書又は図面に記載されている事項の範囲内」と認定することを示している。この例によれば、「第1ピストンを第2ピストンより大径とし、」という技術的事項が当初図面に記載されていた、と解すべきであることは明白である。

さらに、同書31頁の審査基準[例25]に記載のものは、出願当初の発明の詳細な説明中に、現像定着剤にCMC(糊剤)が含まれているという記載があることを理由として、「糊剤を含む現像定着剤はペースト状であるから層を厚くすることができる。したがって画像の濃度を充分にすることができる。」という、出願当初の明細書には全く記載されていない効果を挿入する補正が、明細書の要旨を変更するものではない例として示されている。

このような審査基準からみても、本件補正が明細書の要旨を変更するものに当たらないのは明らかである。決定における判断は、特許庁が公表した補正の要旨変更に関する審査基準とも異なる見解である。

(2)  仮に、本件補正が審査基準に照らして要旨を変更するものであったとしても、当該審査基準は、本件に対して適用されるべきではない。すなわち、上記審査基準は、本件考案の出願日以降である平成5年7月20日に発行されたものである。本件考案は、この審査基準が公表されていない平成4年5月29日に、それ以前に適用されていた基準が適用されることを前提にして出願されたものであり、したがって、上記被告提示の審査基準の適用によって本件補正が要旨変更と認定されるべきではない。

特に、このような本件考案の出願後に公表された審査基準の適用により要旨変更と認定されると、結果として本件登録が取り消されることになり、さらに他の観点からすれば、本件考案の審査において審査官が上記審査基準の適用を誤って本件補正を容認したことに起因して、結果的に本件登録が取り消されるという重大な結果を招き、発明ないし考案者の保護という特許制度本来の目的に沿わないことになる。

第4決定取消事由に対する被告の反論

1  総論

本件補正は、実用新案登録請求の範囲についての補正事項①だけでなく、補正事項②を含む。補正する項目が複数にわたる場合には、複数の補正事項により補正された明細書全体が当初明細書の要旨を変更するものか否か検討されるべきであって、このように検討して、補正の結果、当初明細書に記載した考案を変更する(考案を追加する場合も含む)補正は、明細書の要旨変更に当たる。

本件当初明細書には、二つのソレノイド9a、9bを備えたダブルソレノイド弁が記載してあるだけで、シングルソレノイド弁(当然、字義どおり、一つのソレノイドしか持っていない。)についても、シングルソレノイド弁として使用可能である点についても、何ら記載がない。かえって、図面には二つのソレノイド9a、9bがはっきり記載してあるから、当業者であれば当然にダブルソレノイド弁であると認識するものと考えられる。したがって、当初明細書に記載してあった考案に係る弁が、ダブルソレノイド弁でありながらシングルソレノイド弁として使用することができるという点は、審査基準でいう、「出願時において当業者が客観的に判断すれば、その事項自体が記載してあったことに相当すると認められる事項」、すなわち「出願時において、当業者が当初明細書等の記載からみて自明な事項」とみるとは到底いうことができない。

2  ピストンの径についての判断の誤りに関する原告の主張について

当初図面に第1ピストンの径を第2ピストンの径より大径としたようにみえるものが記載されているが、それはダブルソレノイド弁の場合は、第1ピストンと第2ピストンの径はどのような関係のものでもよいということでしかなく、シングルソレノイド弁用のものと共用化してコスト低減を図るものか、組立上の都合か、シングルソレノイド弁としても使用するためかなどは直ちに理解することができるものではないから、シングルソレノイド形の弁として使用し得る場合があることまでも記載されているとはいえず、示唆されているともいえない。

3  通電の態様についての判断の誤りに関する原告の主張について

「・・・当初明細書に示唆されているシングルソレノイド形電磁弁としての一使用態様を説明したにすぎない」旨の原告の主張は、そもそも「示唆」に基づくものであって不当であるが、さらに、一使用態様と称しても、シングルソレノイド形電磁弁という実施例を追加する記載であり、考案の構成に関する技術的事項を変更するものである。また、シングルソレノイド弁として使用する場合には、使用しているソレノイドは弁の一方への切換中ずっと通電を続けることとなり、他方のソレノイドは全く使用も通電もしない。一方、ダブルソレノイド弁は、弁の切換時のみいずれかのソレノイドへ一時的に通電するものである。

したがって、ダブルソレノイド弁とシングルソレノイド弁の構成上の相違に基づき、補正考案においてはシングルソレノイド弁として1個のソレノイドのみへの通電・解除によって主弁を駆動することができる機能が追加されたものとなっていて、電気的回路上は別異の構成となる。

そして、補正考案は、当初明細書に記載のなかったダブルソレノイド弁でありながらシングルソレノイド弁としても使用可能であるという新たな実施例が付け加えられたものであり、明細書の要旨を変更するものである。

4  審査基準との関連の原告の主張について

原告主張の[例22]の場合、その[説明]の欄の記載から明らかなように、「真珠光沢成層体」と「真珠光沢ぼたん」は、共に服飾品であり、第1図には当初より「ばたん」が図示されており、当該当初明細書及び図面には「ぼたん」を含む成層体が記載されていたものである。したがって、この例は、「真珠光沢成層体」を、図示されていた「真珠光沢ぼたん」に減縮する補正についての例であって、本件とは異なる事例にすぎない。

また、[例25]の場合、その[説明]の欄の記載から明らかなように、当該当初明細書には「CMC(糊剤)」が現像定着剤の処方として始めから記載されていたものであり、糊剤が一般にペースト状を呈し、塗布すればその層を厚くできることは明らかであるから、それに伴って画像の濃度を充分に濃くすることができるという容易に予測し得る効果を追加したものである。したがって、この例も、当該当初明細書に記載されていた発明が有する容易に予測し得る効果を追加したものにすぎず、本件とは異なる事例であり、本件の参考とすることができるものではない。

第5当裁判所の判断

1  ピストンの径について判断の誤りに関する原告の主張について

(1)  補正事項②の「第1ピストン6aを第2ピストン6bよりも大径に形成しているので、」という記載は補正事項①の「上記第1ピストンを、第2ピストンより大径とし、」と同旨であるから、補正事項②は請求項1記載の補正事項①を具体的に説明した記載であると認めることができ、これによると、請求項1の補正事項①は、「第1ピストンにパイロット圧力流体が供給されている状態で、第2ピストンにパイロット圧力流体が供給された時に主弁体が切換動作する程度に、上記第1ピストンを、第2ピストンより大径とし、」を意味すると解される。一方、甲第4号証(当初明細書及び図面記載の実開平5-96660号公報(実願平4-43243号)。CD-ROM所収)によれば、当初明細書に補正事項①、②に関する記載はなく、当初図面に第1ピストン6aの径が第2ピストン6bの径よりも大であるかにみえる図が描かれているにすぎないことが認められる。

(2)  実用新案登録出願に係る図面は、技術的思想である考案の理解を容易とするため明細書記載の技術的事項を理解するための補助手段として使用されるものであり、図面のみから、明細書に記載がなくかつ図面上にも明確な記載のない事項について技術的な意味を持つものとして読み取ることは原則としてできないのであって、本件においても、前記のとおり、当初明細書に第1ピストンと第2ピストンの径の大小関係及びその程度などに関する記載はなく、また、当初図面にもこれらを認識させるような寸法や目盛りなどの記載はない。

そうすると、当初図面に第1ピストン6aの径が第2ピストン6bの径よりも大であるかにみえる図が描かれているとしても、具体的にどの程度第1ピストンの径の方が大きいのかを認めることはできないから、「第1ピストンにパイロット圧力流体が供給されている状態で、第2ピストンにパイロット圧力流体が供給された時に主弁体が切換動作する程度」の技術的事項が示唆されているものとすることはできない。

したがって、補正事項①及び補正事項②を含む本件補正は、この点において既に、当初明細書及び当初図面のいずれにも記載がない事項を実用新案登録請求の範囲に記載したものであり、明細書の要旨を変更するものと認められる。

原告は、当初図面には、第1ピストンの径が第2ピストンの径よりも1.5倍程度大径であり、第1ピストンと第2ピストンに作用するパイロット流体圧が等しいことが、明瞭に記載されている、対向して配設された二つのピストンに、同時に同圧のパイロット流体を作用させた場合には、受圧面積が2倍程度大きい第1ピストンの作用力(第2ピストンのみにパイロット流体圧を作用させた場合とほぼ同等の力)によって、主弁体が第2ピストン側に摺動することが明らかであると主張するが、当初図面のみからそのように理解することはできず、理由がない。

(3)  したがって、決定には、ピストンの径についての判断の誤りがあるとする原告の主張は、理由がない。

2  決定には、通電の態様についての判断の誤りがあるとする原告の主張について

(1)  補正事項②に「シングルソレノイド弁としても利用できるものである」との記載があることからすると、本件補正後の本件考案は、シングルソレノイド弁としても利用可能なダブルソレノイド形電磁弁であるということができる。そして、ダブルソレノイド形電磁弁は2つのソレノイドへの通電及びその解除により2つのパイロット弁部を動作させるものである以上、通電及び解除のための電気的回路をも動作上必須の要件とするものであり、該電気的回路が「ダブルソレノイド形電磁弁」と一体不可分の関係にある。

(2)  甲第4号証によれば、当初明細書には、「ソレノイド9a,9bに通電すると供給弁体25,25が供給弁座23,23を開放するとともに排出弁体26,26が排出弁座24,24を閉鎖し、ソレノイドへの通電を解除すると供給弁体25,25が供給弁座23,23を閉鎖するとともに排出弁体26,26が排出弁座24,24を閉鎖する」(7頁9~13行)、「第1手動操作装置34aは、・・・第1操作釦35aは、非操作時には第1パイロット弁部10aを動作させることがなく、押圧により第1パイロット弁部10aの供給弁座23を開放させるとともに排出弁座24を閉鎖して・・・押圧を解除すると元の状態に復帰する」(同頁23~28行)、及び「第1手動操作装置34aを押圧すると第1ピストン収納箱5aにパイロット流体が供給され、・・・手動により主弁1を操作することができる。」(8頁19~22行)との記載があることが認められる。

これによると、本件補正前の本件考案においては、第1パイロット弁部10a側の供給弁座23及び排出弁座24の開放及び閉鎖に関して、ソレノイド9aへの通電・解除と第1操作釦35aの押圧・解除が同等に機能しており、通電又は押圧により第1ピストン収納箱5aにパイロット流体を供給するものと認めることができる。そして、手動操作時に第1操作釦35aの押圧により、第1ピストン収納箱5aにパイロット流体を供給した後も、第1操作釦35aを押圧し続けるのは常識に反し現実的でないと考えられるので、押圧解除しても主弁1の位置は保持されるものと認めることができ、ソレノイド9aへの通電後に通電を解除しても、それのみでは主弁1の位置は変わらないものと認められる。

要するに、前記当初明細書の記載によれば、ソレノイド9aと9bは、通電及び解除により動作される供給弁体と排出弁体が異なるだけで、動作は同様と認められ、ソレノイド9bへの通電後に通電を解除した場合も、ソレノイド9aの場合と同様に、それのみでは主弁1の位置は変わらないものと認めることができ、当初明細書には電気的回路の具体的記載はないものの、本件補正前の本件考案においては、ソレノイド9a及び9bには主弁1の位置を変える(流路を切り替える)際に一時的に通電するように設計された電気的回路(便宜「電気的回路1」と称することにする。)が用いられているということができる。

(3)  これに対し、補正事項②には「第2ピストン6b側にパイロット圧力流体を常に供給した状態に保ち、第1ピストン6a側にパイロット圧力流体を給排することにより」とあり、シングルソレノイド弁として利用する際には、小径の第2ピストン6bにはパイロット圧力流体を常に供給しておき、大径の第1ピストン6a側にパイロット圧力流体を給排するから、第1ピストン6aにパイロット圧力流体を供給するようソレノイド9aに通電した後、主弁1の位置を切り替えるまでは通電を解除しないように、ソレノイド9aの通電態様だけを制御するような電気的回路(便宜「電気的回路2」と称することにする。)が用いられているものと認めることができる。

(4)  そうすると、本件補正後の本件考案は、ダブルソレノイド弁として利用できるよう電気的回路1を備えるとともに、シングルソレノイド弁として利用できるような電気的回路2をも備え、いずれの使用形態であるかによって電気的回路1と電気的回路2を切り替えられるようにしたものと認めることができ、したがって、電気的回路2を備えること及び電気的回路1と電気的回路2を切り替えることは、当初明細書と当初図面のいずれにも記載されていないことになる。

したがって、この点においても、補正事項①及び補正事項②を含む本件補正は、当初明細書及び当初図面のいずれにも記載がない事項を事実上実用新案登録請求の範囲に記載したものであって、明細書の要旨を変更するものというべきである。

(5)  なお、原告は、ダブルソレノイド弁として使用する場合とシングルソレノイド弁として使用する場合とは、2個のソレノイド弁に対する通電を制御する通電制御系において選択されるのであって、電気的回路が別異の構成となるものではない旨主張するが、決定が「二つのソレノイドに対する通電の態様が異なり、」としたのは、原告のいう通電制御系が異なるということを指摘しているのであって、通電制御系も電気的回路である以上、ダブルソレノイド弁として使用する場合とシングルソレノイド弁として使用する場合とでは、電気的回路上別異の構成となるというべきことは明らかであり、原告の上記主張は理由がない。

(6)  結局、「二つのソレノイドに対する通電の態様が異なり・・・補正考案は考案の構成に関する技術的事項が異なったものとなっており」とした決定の認定には誤りがなく、その誤りをいう原告の主張は理由がない。

3  審査基準との関連をいう原告の主張について

シングルソレノイド弁としての使用についての事項が、本件の当初明細書及び当初図面に開示も示唆もないのは、以上に説示したとおりである。原告が挙げる審査基準の[例22]及び[例25]は、本件とは事案を異にし、決定の判断が審査基準に違背しているとする原告の主張は理由がない。

また、以上判断したところによれば、本件補正は、本件出願時に適用されていた実用新案法9条(平成5年法律第26号による改正前のもの)で準用する特許法40条の規定によって不適法と解されるべきものであり、審査基準の適用の可否についていう原告の主張は採用することができない。

第6結論

以上のとおり、原告主張の決定取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)

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